J.S.バッハ オルガンコンサート

投稿日:2026/03/28

最終更新日:2026/04/12

先日「私だけが知っている夫の秘密~J.S.バッハの妻、アンナマグダレーナの告白」というタイトルのオルガンの演奏会に行って来ました。

ナレーションの木村多江さんが、バッハの二番目の妻アンナマグダレーナに扮し、バッハの生涯を石丸由佳さんのオルガン演奏と共に語ってくれました。(脚本・演出 北阪昌人)

どこの学校の音楽室にも飾ってあるバッハの写真。いかつくて、こわそうな・・・。
でも実際は子煩悩で、人間味あふれる人だったようです。

小さい頃両親を亡くし、乞食のような暮らしをしていた時期もあったのだそう。
でも才能と努力(学校の成績はいつも一番)で、宮廷に仕える作曲家、オルガニスト。そして鍵盤楽器の指導者という職につきました。

時間をとっても大切なものと考えていたバッハ。練習をしてこない生徒に「大切な時間を無駄にした。」と怒る厳しい先生だったようです。

小さな頃の両親の死。厳しい生活の中でふれた人々の愛。また、聖歌隊やオルガン演奏で教会と深く関わり神の存在を感じたバッハは「音楽は自分のものではなく神に捧げるもの」という信念があったようです。『神の栄光のために』というたくさんの言葉が楽譜に書かれています。

私達に馴染みのある「アンナマグダレーナのためのグラヴィーア小品集」。(私もレッスンで使ってます。)もととなる「アンナマグダレーナBachの音楽帳」はほとんど白紙の状態でアンナマグダレーナに渡されたのだそうです。その後にバッハ自身やバッハの子供、友人、そしてアンナマグダレーナが曲を入れていったのだそうで、バッハ家の日記帳のようなものだそうです。

バッハは最後に「何も心配することはない。わたしはこれから音楽を聴きに行くのだ」と語って天国に旅立ったとか。目の手術の失敗で失明。その後体調悪化で1750年65歳で逝去。

演奏会の最後。マタイ受難曲の終曲は圧巻でした。静けさの中にどこまでも広がっていくような、この世のものとは思えない響き。悲しみ、苦しみを超え安らぎに向かっていくような感じでした。


演奏会を終え、とてもバッハを身近に感じられるようになりました。そして益々バッハが好きになりました。生徒さんとのレッスンも楽しくなりそうな気がします。


石丸由佳さんのオルガン。木村多江さんの朗読。北阪昌人さんの脚本。本当に素晴らしかったです。

バッハの歩みとそれに重ねたオルガンの響きを味わうという音楽とストーリーと深く結びついたとても有意義な時間を過ごすことが出来ました。


この日のプログラム


🔷 J.S.バッハ:『オルガン小曲集』より「神のひとり子なる主キリスト」BWV 601


🔷J.S.バッハ:『ライプツィヒ・コラール集』より「おお愛する魂よ、汝を飾れ」BWV 654


🔷J.S.バッハ:トッカータとフーガへ長調 BWV 540


🔷 J.S.バッハ:『ライプツィヒ・コラール集』より「バビロンの流れのほとりにて」BWV 653


🔷J.S.バッハ:『オルガン小曲集』より「人はみな死すべき定め」BWV 643


🔷 J.S.バッハ:『オルガン小曲集』より「 キリストは死の縄目につながれたり」BWV 625


🔷J.S. バッハ:『クラヴィーア練習曲集 第3巻』より 前奏曲 変ホ長調 BWV 552/1


🔷 J.S.バッハ:『ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集』、『アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳』よりメヌエットト長調 BWV 841


🔷ブクステフーデ:前奏曲、フーガとシャコンヌハ長調 BUxWV 137より冒頭


🔷J.S.バッハ:カンタータ『神の時こそいと良き時』BWV 106よりソナティーナ


🔷J.S. バッハ/シュテルツェル:『アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳』より   「あなたがそばにいてくださるのなら」BWV 508


🔷 J.S.バッハ:コラール「汝の御前に、我は進まん」BWV 668


🔷ヴィドール:『バッハの思い出』よりVI.マタイ受難曲-終曲